「インタビュー 藤井先生に聞く」先生と恩師について II

前半からの続きです。

内湾の船渠から社会という大海へ就航

藤井先生:研究はしたかったのです。大学に入って今も尊敬している新井民夫先生という恩師がいて、その先生が本当に素晴らしい方だったので、大学の教員もいいのだろうなって思っていたのですね。それ以上に研究やりたいなって思いもあって。ただ当時、すごい苦学生でお金がなかったんですね。

訊き手:そうでしたか。切実な問題ですね。どのようにして工面されたのですか?

藤井先生:このままじゃ大学続けられないぞ、みたいな状態でした。とにかく大学を続けるために毎日バイト漬けでした。バイトが終わり夜23時ぐらいに研究室戻って研究するみたいなことをずっとやっていて、体を壊してしまい、もう就職しようと思って修士を卒業して就職しました。

当時、新井先生からは博士進学のお声かけを頂いていて、海外留学先とかも紹介してくださっていたのですけど。その時は、目先の経済的な部分が頭の大半を占めていたので、結局は勤めました。

訊き手:うーむ。そうでしたか。差し障りがなければ就職先はどちらだったんですか?

藤井先生:ソニー株式会社です。

訊き手:社会人は何年ぐらい経験されたのですか?

藤井先生:6年間いました。

訊き手:結構長くいらしたのですね?なんでソニーに6年間お勤めして大学に戻ってこられたんですか?

藤井先生:最初はソニーの研究所に勤めていたんですね。「好きな研究をしながらお金もらえるならこんなにいいことはない」って思って。就職して間もなくリーマンショックが勃発して。

訊き手:ありましたね、2008年の秋でした。しかしすごいタイミングですね。

藤井先生:はい。それで、どの会社もそうだったのだと思うのですが、採算が取れない研究部門などは縮小される風潮でした。私が入所した研究所も1年で無くなってしまって、そこから他の部署に社内異動しました。

訊き手:波乱万丈な話です。いきなり荒波をかぶりましたね。

藤井先生:移った先でソニーの新規事業を立ち上げるという話になり、いろいろあって結果としてできたのがタブレット端末でした。当時はアンドロイドの端末が世の中でまだ珍しい頃で、「ソニータブレット」というものをつくるときに一緒にやらせていただきました。

訊き手:なるほど。

藤井先生:乗り掛かった舟なので、結果が出るまで、製品の第一号機が出るまではいようと思って。

訊き手:そこまでを一区切りの目標として退職しないで頑張ろうと?

藤井先生:そうですね。何かを作り上げた、ってところまでは居ないと出て行っても恥ずかしいなって思って。

訊き手:なるほどー。

藤井先生:研究所に1年いて、2~3年かけて製品が世に出たのですけれど、その後も、会社合併や出向など色々バタバタしてしまって。グループ会社への転籍と30歳になる節目が重なったので、えいやで退職しました。

訊き手:退職をするにあたって次の道は決めていらっしゃったんですか?

藤井先生:明確な人生設計は無かったのですけど、やっぱり研究をしようと思って日本国内のいろんな研究所のことを調べました。当時私も無知だったので、恥ずかしながら後でそういうものなのだなってわかったのですけど、研究機関の中途採用ってだいたいどこも博士の学位を持っていないと入れない。そりゃあ、当然ですよね。そして、私は持ってないわけで。じゃあ博士を取りに戻ろうって思って、人事に「ソニーにいながら博士を取らせてくれ」と相談したら「勝手にやってくれ」って言われて。その時に、会社からはサポート的なものが受けられないとわかりました。

訊き手:支援したくてもそれが出来ない社会状況にあったと思います。厳しい時代でした。

藤井先生:はい。論文博士を取るにしても、まだ論文も無いですし、研究も初めのうちはやっていましたけど、途中から開発に回っていたので。もう一度大学に入り直すのがいいかな?って思いました。ただ、ソニーに腰掛けて学位をとるにしても、平日は休めませんし土日に授業はないですし。社会人博士という手段も選べなくて、辞めることを選択しました。

訊き手:新井先生のもとに戻ったんですか?

藤井先生:そうですね、新井先生のところに戻りたかったのですが、新井先生がもう2、3年前に東大を退職されていたタイミングで、それで新井先生のところで博士を取って教員をやっている先輩教員のところにお世話になりました。

訊き手:そうでしたか、そこでは何年ぐらい?

藤井先生:そこでは博士を3年で取得して、運よく翌年に助教にしていただいて、また次の年に講師にしていただき1年間勤めました。結局は、東大に戻ってからは正味で5年間、前職の研究室にお世話になってこちらにきました。

訊き手:なるほどー。そうなんですか。既にそうかもしれませんけどサラリーマン時代の経験がこれからいろんな場面で生きてきそうですね。

藤井先生:それは本当に東大の中でも共同研究とかする上で、企業側の論理と言いますか、企業側にいた人間なのでわかる部分も多々ありましたね。

訊き手:そうですよね。

藤井先生:そういう意味では、社会人経験のおかげで活動の幅は広がったと思います。

訊き手:研究者として研究重視でいいという時代もあった。今は研究者という立場と教員という立場で、学生との関わりのバランスが大きく変化してきているのかなと感じていますが、そういう意味でも企業の中でプロジェクト等、やってきたことを今度は学生とのかかわりの中で大いに生かせていけるのでは?

藤井先生:そうですね、私にとってそれはひとつの強みかなって思っています。

訊き手:先日、感じたんですけど藤井先生が新しく研究室に配属になった学生さん達との関わりを見ていて楽しそうにやっているなって思ったんですね。先生ってとにかく多忙ですし、用件を伝えたら、ぱっていなくなっちゃうイメージなんですが、学生さん達の行動を楽しそうに見ていらしたんで、来たばかりに見えないなって。すごくフレンドリーだった印象ですね。

藤井先生:私がっていうより学生の方が親しくしてくれています(笑)

恩師とは航海における羅針盤なり

訊き手:あのー少し話を戻して、大学時代の恩師である新井先生ってどんな方なのか知りたいんですが。人生の影響を受けた先生の人となりや、どういった部分に影響を受けて先生って大きいなって感じられたんですか?

藤井先生:なんでしょうね、私がいた学部は4年生から配属されるのですけど、これは研究室にまだ配属されていないときの話です。新井先生の講義を受けに行ったのですね。で、何となく疑問に思ったことがあって講義が終わってから前の方に質問に行くと、なんかすごく丁寧に接してくださって。そこまでは他でもある話で普通はそこで終わるのですけど、ちょっと来なさいって研究室まで連れて行ってくださって、本を1冊貸して下さったんですね。「君はこれで勉強をするといいよ」って。

訊き手:それは質問に関連する本ですか?

藤井先生:はい、「君の話を聞いているとまずはこれを勉強した方がいいと思う」といって貸してくださったんです。

訊き手:なるほどヒントをくださったわけですね?

藤井先生:はい。当時、私たち学生からすると東大の教授の先生はすごく偉くて遠い存在だったので、そこまでしてくださったことにまず感動したっていうのが一つですね。

訊き手:しかも大好きな本を貸してくださった(笑)

藤井先生:研究室に所属してからも、研究のことはもちろん見てくださったのですけど、当時の私は体調を少し崩していて、それを本当に自分の子供のように心配してくださって。

訊き手:そうだったんですか。

藤井先生:はい、なんか妙に動悸が激しいというか。それで、そのことを少しお話したときに、その場でご自分の知り合いのお医者様に電話をして予約まで取ってくださったんです。

訊き手:えー。それはすごい。

藤井先生:それで「ここは心臓の外科医の名医だからここに通いなさい」って通わせてくださって。結果として、心臓のちょっとした欠陥が発見されて適切な治療を頂いて。おかげさまで今は元気です。

訊き手:感激ですね。その人格的な部分に影響をされたことが大きいんですね。

藤井先生:はい。研究の意味でも、もちろんすごく尊敬しているのですけども。実は先日、新井先生の70歳の記念パーティーに出席して、その時のことなのですが、パーティーの最後のスピーチで「学生に対しては何ができるわけではないから、取りあえず誠心誠意接することだけを心掛けてきた」って自然体でおっしゃるんですね。あーやっぱり、そういうことをちゃんと言える先生は素晴らしいな、って改めて教えていただきましたね。

訊き手:すごいですね。重みのある一言。

藤井先生:はい、すごく尊敬しています。

訊き手:それはよき恩師と出会えましたね。「千葉工大の先生になりました」っていうことを報告されましたか?

藤井先生:はい。ただ、そこはなかなか恐れ多いのもあって、言うタイミングを逃しているうちに、結局バタバタしてご報告が遅れたところもあるのですが。

訊き手:そうですか、よくわかります。

藤井先生:すごく尊敬しているだけに、「私ごときの近況」みたいなことはなかなか報告しづらいです。

訊き手:じゃあ「半径5メートル以内は近寄れない」みたいな感じですか?

藤井先生:「師の影を踏まず」みたいな感じです(笑)

訊き手:なるほど(笑)必ず「恩師はどなたですか?」って先生方に聴くんですけど、必ず一人は大事な恩師という大きな存在がいらっしゃいますよね。そんな藤井先生ですが、学生さんと接する場面がこれから更に多いと思うんですけど、接するにあたって心掛けていることはありますか?

藤井先生:東大で後輩をたくさん持たせてもらったのですけど、その時からずっと思っていたのは一人一人とちゃんとコミュニケーションをとることですね。ルールを決めて、従わせておけばいいという先生もいると思うのですけど、学生一人ひとり人間なので例外だらけですよね。そういう一般的な総論で、対応すべきではないと個人的には思っていて、人数が増えてくればもちろん大変だと思いますが、それでも折角縁があったのですから、やっぱり総論ではなくて各論で一人一人の学生に接していきたいなって思っています。私もそうやっていただいた記憶があるので、そこは守りたいなって。

訊き手:研究室から将来活躍をしていく学生さんが陸続と出ることが楽しみですね。彼らがどのように伸びていくかわからないし、どのよう可能性を秘めているかわからないですからね。

藤井先生:はい、その通りだと思います。

訊き手:研究室では特にこれっていうテーマはもうお考えですか?

藤井先生:東大でやってきたテーマはもちろんあるのですけど、それをそのままこちらで続けられるかというと、共同研究のからみや機材的な問題もあるので、そのままはなかなかやりづらいところもあります。ただ今までやってきた建設ロボットで災害対応をやるだとか、いわゆる無人化の技術を研究してきたので、運よくこちらで共同研究先が見つかれば、そういうことに取り組んでいきたいなと思っていますね。あとは、もちろんそういう災害対応などの重要な課題は、大きなテーマとして今後も続けていきたいのですけど、小さいテーマとしては人の役に立つようなものや技術についても、初心に返って取り組んでいきたいなと思っています。テーマはチャンスをうかがっているような状況です。

訊き手:そうですね、着任1ヵ月。これからですね。現実的な課題としては何かありますか?

藤井先生:しばらくは研究費を稼がないといけないですね。前職では大きな研究室にいましたので、有難いことに機材とかPCなどで困ったことはないのですが、こちらではそういうわけにはいかないので、まずは研究費の確保を、と思っています。

訊き手:なるほど。全て1からのスタートなのですね。さてインタビューを読んでくれている「未ロボを目指したいな」あるいは「ロボットのことを勉強したいな」という中学生・高校生達にアドバイスやメッセージ、こんなことしたらいいよってありますか?

藤井先生:今、ロボットは特に盛り上がっていますが、表面的だけではなく本質的にも急速かつ大きな進歩を続けている分野だと思います。なので、興味を持っている学生の皆さんは、やはり常に最先端のことを追っかけて行くのが良いかなとは思いますね。
でも、それはとても大変なことだとも思います。たぶんロボットに限らず、全ての研究分野がそうなのでしょうけど、あることを研究しようと思うと、まずは古いこと・既存の技術を勉強しなければいけません。でも、進歩が速いので、学ばなければいけないことが次から次っていう話で。例えば、今は私が学生の時からは信じられないぐらいの多機能・高性能なツールがオープンソースで出てきています。我々が汗水たらして、それこそ1年ぐらいかけてやってきたことを、皆さんがオープンソースを組み合わせて数時間でやっちゃうような時代になっちゃっています。ただそれを使うっていうのならまだ良いのですが、使いこなしたりそれを応用したりするために、本質的なところを理解しなければならない。真面目に取り組もうとすると、それだけ大変だと思うのです。巨人の肩の上に立つって話がありますが、肩の上に立つためにはハシゴを掛けてでもいいから巨人に登らないといけない。技術でご飯を食べていくためには、古典を勉強して、そのうえで最新の技術を学び、その上により新しいものを作っていく必要があります。なので、学生の皆さんには最先端のことには常に触れつつ、同時に,自分で考えることができるようになるために本質的な勉強もしていって欲しいなって思います。
あとは、これは学生にも言っている話なのですけど、自分ひとりでやっていても限界は絶対にくるので「人に質問できるようになりましょう」と。わかんないことは別に恥じゃないので。「わからないことをわかっているだけでましだ」って話ですね。

訊き手:そうですね。聞くことは一時の恥であって聞かない方がマイナスですよね。

藤井先生:はい、今の時代は知らないことを聞くことは情報スキルなので恥でもなんでもないので。

訊き手:最後になりますが本学で「こうしていきたい」っていう意気込みをお聞かせいただけますか?

藤井先生:まずは「藤井研」って言ったら、こういうことをやっている研究室なのだって言う代名詞的な研究を早めに確立したいと思っています。准教授なのに、まだそんなことを言っているのかって話ですけど、それを早急にやりたいというのが、近い将来の目的ですね。あとは継続的な目標で言うと、学生が卒業していった後に、また顔を出したくなるような研究室を作りたいなって思っています。

訊き手:ぜひそのような伝統がある研究室なりますよう私も願っております。今日は、ご自身ことを含めて赤裸々にお話しいただき感謝いたします。また貴重なお時間をありがとうございました。

藤井先生:こちらこそありがとうございました。

藤井研究室 http://www.rsa.it-chiba.ac.jp/fujiilab/

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